誌上ベトナム語講座1
◇日本語とベトナム語は似ている(1)

「日本語とベトナム語は似ている」と聞いて、「そうですね」と答えることができる人はほとんどいないと思います。しかしベトナム語を勉強すればするほど、「ほんとうによく似ている」と感じます。日本語とベトナム語の共通性を最大限活用してベトナム語を勉強すれば、ベトナム語の語彙を効率よく増やしていくことができます。また逆にベトナム人が日本語を勉強する際も同じことが言えます。
最初に例をいくつか挙げてみます。


日本語ベトナム語漢字表記ピンイン(中国語読み)
ありがとうcảm ơn感恩gǎnēn (ga3 nen1)  ガァー ネェン 
さようならTạm biệt暫別zànbié
(ベトナム通貨)ドンđồng(語源は銅)tóng (tong2 )  トォン 
お金 おかねtiềnqián (qian2)  チィェン
衣服 いふくy phục 衣服yīfu (yi1 fu) イー フゥー 
意見 いけんÝ kiến意見yìjian (yi4 jian) イー ヂィェン 

上の表でなぜ日本語とベトナム語以外に漢字表記とピンイン(中国語読み)を入れているのかを説明します。
ベトナムは紀元前179年から938年まで千年以上、公式に中国の支配下にありました。このため、ベトナムの国字は漢字となり、東南アジアで唯一漢字文化圏の国となりました。しかし、17世紀にフランス人宣教師が「Chữ Quốc Ngữ(チュ・クオック・グー)」(ローマ字に声調記号を付けた表記法。中国語は声調が4種類ですが、ベトナム語は6種類です)を考案し、その後、フランスの植民地支配のもとで漢字の使用頻度は次第に減少。1945年の阮朝(グエン朝)の滅亡とベトナム民主共和国の成立により、Quốc Ngữ(クオック・グー)が正式に採択されたことで、漢字は一般には使用されなくなりました。
とはいえ、ベトナム語の約7割は漢字を語源にしているのです。それを漢越語(Từ Hán Việt)と言い、漢越語は漢字で表記できるのです(ちなみに日本の常用漢字はほとんどベトナム語に変換することができます)。他方、漢字を語源にしていない、ベトナム固有の言葉を純越語(Từ Thuần Việt)と言います。日本語で言えば、和語あるいは大和言葉のようなものです。
漢字のベトナム語での読み方を 「漢越音(Phiên âm Hán-Việt」と言い、それは中国語による漢字の発音(ピンイン)に近い音です。現代中国語の漢字の発音は歴史的に変化してきているので、漢越音は唐音(中国の唐時代の発音)に近い音と言われています。ようするにベトナム語のうち漢越音は中国語による漢字の発音(ピンイン)を模倣したものと言えるのです。これが、上記の表にピンインを載せている理由です。
今度は日本語を見てみます。漢字には音読みと訓読みがあります。音読みは、その漢字の中国語の発音を模倣したもので、その発音が中国のいつの時代のものであったかによって呉音,漢音,唐音などがあり、訓読みとは個々の漢字にその翻訳としてつけられた日本語(和語)を指します。
つまりベトナム語の漢越音と漢字の音読みにはともに漢字の中国語による発音(ピンイン)が介在しているので似ているのです。
日本語そっくりの単語を挙げてみます。以下はほんの一部です。

ベトナム語意味漢越
kết hôn(ケッホン)結婚(する)【結婚】
thái độ(タイド)態度【態度】
phát biểu(ファットビュー)発表する【発表】
liên lạc(リエンラック)連絡する【連絡】
trị liệu(チリェウ)治療(する)【治療】
cảm động(カームドン)感動(する)【感動】
đồng ý(ドンイー)同意(する)【同意】
chuẩn bị(チュアンビー)準備(する)【準備】
cổ vũ(コブ)応援する【鼓舞】
thiên nhiên(ティエン ニィエン)天然【天然】

 ベトナム語が漢越語の場合、漢字変換すると、その漢越語は比較的容易に覚えることができます。例えば、「さよなら」を意味するTạm biệtは漢字に変換すると「暫別」となり、その漢字の意味は「しばらくの別れ」になりますので、「さよなら」です。「ありがとう」は「感恩」ですから、「恩を感じる」という意味になり、「ありがとう」です。
漢字から熟語を作り、ベトナム語に変換することもできます。
ベトナム語で「さようなら」を意味するTạm biệt (暫別)のtạm(暫)と、ベトナム語で「時間」を意味するthời gian (時間 トイザン) のthời (時) と組み合わせると、tạm thời(暫時 タムトイ)というベトナム語が作れます。「暫時」は「しばらくの時」という意味ですから、tạm thờiは「暫定的な」とか「一時の」と訳されています。つまり、「暫定的」のベトナム語訳を知らなくても、Tạm biệt(暫別)とthời gian(時間)というベトナム語を知っていれば、「暫定的」はベトナム語で「tạm thời」と言うのではないかと想像することができるのです。
また「感」はベトナム語で「cảm」です。「動」はベトム語でđộngですから、「感動」という漢字熟語はベトナム語でcảm+động=cảm động となります。また「力」はベトナム語で「lực」ですから、「動力」はđộng+lực=động lực となります。
 ベトナム語の約7割は漢越語(漢字を語源にした言葉)ですから、上記のような形で、日本人ならベトナム語の語彙を、ベトナム人なら日本語の語彙を増やしていくことができるのです。ただし、ベトナム人の場合は、表意文字である漢字をある程度書けること、少なくとも漢字が読めることが条件になります。漢字が読めない場合、表音文字のひらがなで書くことができますが、その場合、同音異義語がたくさんありますので、やはり漢字のある程度の習得が必要になります。例えば、「動」を音読みで「どう」と書くことができますが、「どう」を漢字で書くと、動、働、導、道、同、銅、堂、胴などがあります。表意文字である漢字を使うと同音異義語という問題はなくなります。
 ベトナムは東南アジアで唯一中国文化圏に属している国です。ここに日本語とベトナム語が似ている理由があるのです。

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