誌上ベトナム語講座2
日本語とベトナム語は似ている(2)
前回の主要な内容は、漢字を語源にしたベトナム語(漢越語)は漢字に変換でき、その発音(漢越音)は漢字の音読みと似ているということでした。このことは日本語を勉強するベトナム人、またベトナム語を勉強する日本人がその語彙を増やす時にとても重要になります。
自分の言いたいことを外国語で表現するためには、文法や発音、表記法を勉強する必要がありますが、それらに加えて単語、イディオム(慣用句)をたくさん覚えることが不可欠です。では、どのように覚えるか? 「覚えないといけないけれど、なかなか覚えられない。すぐ忘れる」「どうしたら覚えられるのか?」と悩んだ方も少なからずおられると思います。
どうしたら長く確実に記憶できるかという問題について、レイクとロックハートの「処理水準モデル」というのがあります。それは、記憶の持続性は刺激の処理の水準に依存し、処理の深い刺激は長く記憶されるというもので、「刺激の処理の水準」として、「形態→音韻→意味→自己との関連」があります。例えば英単語を覚える際の「刺激の処理の水準」を例に挙げると、①文字を見て覚える(形態)→②音読して覚える③どのような使われ方をしているか文の中での内容で覚える(意味)→④実際に生活で使ってみる(自己との関連)――があり、④は「処理の深い刺激」として記憶が深くなるというものです。
語彙をどう増やしていくか
外国語に限らず何かを覚えないといけない時、人は覚えないといけないものを何かに関連付けたり、いくつかの単語を1つのイメージとして組み合わせる語呂合わせを作ったりします。英単語の場合、多数の単語が外来語として日本語になっていますが、英語と日本語の間には何ら共通性がありませんので、英単語をたくさん記憶することは簡単ではありません。
しかしベトナム語の場合は、第一にその言葉がベトナム語の約7割を占める漢越語であれば、漢字に変換でき、その発音(漢越音)は漢字の音読みと似ているので、覚えるのは比較的簡単です。そして、前回例として挙げましたcảm ơn=感恩 ⇒ 感+動=感動=cảm độngのように、ベトナム語を漢字に変換した漢字熟語の1字(上記の例では「感」)と他の漢字(「動」)を組み合わせて別の漢字熟語(「感動』)を作り、それを今度はベトナム語(「cảm động」)に変換することで、比較的容易に語彙を増やしていくこともできます。それが可能なのは、日越が漢字文化圏に属しているからです。第二に――これはベトナム語の学習に限ったことではありませんが――ベトナム語の単語が漢越語でない場合には、語呂合わせなどの工夫をすることによって覚えやすくする必要があります。
第一のやり方の例として、今回はベトナムの首都ハノイと中国のホンコン(香港)という都市名の由来、及びベトナムという国名を取り上げ、それを基礎に語彙を広げてみます。
①ベトナムの河内、大阪のハノイ
皆さんはハノイ(Hà Nội)という名前の由来をご存知でしょうか? Hà Nộiは漢越語です。漢字に変換すると「河内」になります。(ちなみに中国語の発音記号ピンインでは hénèi (he2 nei4) 発音の目安はフゥー(ァ)ネェィです)。
「ベトナム・ハノイの 3次元都市モデル構築 - 大阪市立大学」の中に次のような記述があります。「ハノイの北側と東側には巨大な紅河が東シナ海まで流れ、西側と南側には……紅河の支流が流れている。まさに、ハノイは川に囲まれた、『河の内』にある都市なのである。」と。つまり、河の内(紅河デルタ)に作られた都市というのがハノイという名の由来注1なのです。
注1 大阪の地名に「河内」があります。これをベトナム語に変換するとHà Nộiになります。『河内の翁』というホームページに「河内」名の由来について次のような記載がありました。「……河と河とにはさまれた河の内の土地、河内と呼ばれるようになったそうです」。
上記の説明によって皆さんはハノイ(Hà Nội)という都市名から、Hà =河、Nội=内という2つのベトナム語を知ることができました。都市名の由来が頭に入ったら、ハノイ=河内、Hà =河、Nội=内を忘れることは困難です。そして、ここからどうやって語彙を増やしていくかが重要です。そのキーワードは意欲(=động lực)と関心(=quan tâm)と連想(=liên tưởng)です。
内(Nội)を使った漢字熟語に「内容」があります。 「容」は小学校5年生で習う常用漢字で、日本語能力試験ではN3レベルの単語です。ベトナム語では「容」はdung注2になります。このようにHà Nội(河内)→Nội dung(ノイ ズン 内容)を連想します。ちなみに「内容」は中国語の発音ではnèi róng (nei4 rong2)、発音の目安はネェィ ロォンです。ベトナム語では「r+母音」はザ行で発音しますので、「róng」はベトナム式発音では「ゾォン」、「内容」は「ネェィ ゾォン」になります)。
注2) dungの発音は「ドゥン」ではなく「ズン」です。「d」はザ行で発音します。「ダ行」の発音は「đ」の字になります。
そのほかに、「内」をつかった熟語として「内規・規則・規定」=nội quy、内閣=nội các、内科=nội khoa、内心・本音=nội tâm、「内戦・内乱・市民戦争」=nội chiến等の単語を連想することができます。(ちなみに、tâm=心ですので、「真ん中」を意味するtrungチュン(「tr」はベトナム語では「チ」と発音します)とtâmを組み合わせるとtrung tâmチュン タム=中心・センターの意味になります。さらに関=quanを覚えると、tâm=心と組み合わせて関心=quan tâmになります。
またchiến=戦ですので、「争」を意味するtranhチャインと組み合わせると戦争=chiến tranhチエン チャイン、競=canhですので、競争=canh tranhになります。)
同音異義語という点から見ると、ひらがなで書いた「よう」に当てはまる漢字には「容」のほかに「用」もあります。「用」をベトナム語に変換すると、dụng(ズン)になります。「容」と「用」は音読みでともに「よう」ですから、ベトナム語に変換しても綴りは同じになります。ただし、「容」のdungには声調記号はついていませんが、「用」には声調記号がついています。「用」を使った漢字としては 「使用する」「応用する」「運用する」「用具」などを連想することができます。ベトナム語に変換すると、sử dụng=使用する、ứng dụng=応用する、vận dụng=運用する、dụng cụ=用具になります。
また「sử dụng」のsửは「使」ですから、「使」を使って大使館=Đại sứ quán(ダイ スー クァン)という語を連想できます。Đại=大、sử=使、quán=館です。ちなみに喫茶店のことをベトナム語ではQuán cà phê(クァン カ フェ)と言います。日本語に直訳すると「コーヒー館」です。
「vận dụng=運用する」の「vận=運」からは「運動」を連想できます。動=độngですから、運動=vận độngとなり、viên=員という漢越語を覚えると、vận động viên【運+動+員】というベトナム語を作り出すことができます。「運動員」と言ったら、日本では、選挙の際に宣伝カーに乗って選挙運動をしている人のことをイメージしますが、ベトナム語の意味は運動員=スポーツ選手です。
ベトナム語の勉強ではこのように語彙を連想によって比較的容易に広げていくことができ、記憶するのも比較的簡単なのです。
②香港(香の港)
ウィキペディアに「香港(ホンコン)という名称は珠江デルタの東莞(とうかん)周辺から集められた香木の集積地となっていた湾と沿岸の村の名前に由来する。……英語や日本語でのホンコンという呼び方は広東語……によるとされる。中国語の標準語である普通話では、香港を『Xiānggǎng』(シャンカン)と発音する」とあります。
「港、港湾」はベトナム語でcảngと言います。逆から見ると、cảngは漢越語ですので、漢字変換すると「港」(音読みで「こう」)です。私はcảng=港を覚えるときに、cảng港(かんこう→観光)という語呂合わせを作り、また「香港(ホンコン)」の「港(コン)」と結びつけました。これで頭の中にcảng=港が完全にインプットされましたが、その時、まだ香港という名の由来については知らなかったので、「香港」の「香」についてはベトナム語でどう言うかまでは関心が向きませんでした。
最近、ベトナム人青年とのオンライン会話で、蓮茶(ハス茶trà senチャ セン)が話題になり(茶はベトナム語でもtràチャです)、「ハス茶は香りがいいですね。香りはベトナム語でなんと言いますか」と質問しましたところ、そのベトナム人青年は、「香り」はベトナム語でhương(フーン)と言うと教えてくれました。そして続けて、香港映画を見た時に、字幕で「香港」がHương Cảng(フーン カン)と書かれていたと話し、その映画を見た時は香港=Hương Cảngの「Hương」がベトナム語で「香り」を意味するということを意識していなかったが、今日のハス茶の香りの話でそれに気づいたと語りました。私にとっては「香」がhương、「港」がcảngであることが、香港という地名の由来と漢越語Hương Cảngへの変換によって、そして上記の会話によって強力にインプットされました。
「香り」というベトナム語を知ったら、「いい香り」「芳しい」はベトナム語でどう言うかへと関心を向けると、語彙が増え、表現力、会話力も増します。ちなみに、「芳しい」はベトナム語でthơmで, 「芳しい香り」は mùi thơm、またはhương thơmです。ハスの花(Hoa sen)はベトナムの国花ですので、Hoa sen có mùi thơm(ハスの花は香りがいい)という表現を覚えておくと、ベトナム人との会話で使う機会があるかもしれません。この文での「có」は英語のhave に置き換えることができます。直訳すると「ハスの花は芳しい香りを持つ」です。 Hoa sen có mùi thơmは、サクラの花をみた外国人が「日本の桜は美しいですね」と言うようなものだと思います。
「香」は中国語の発音記号ピンインではxiāng (xiang1)ですが、「郷」のピンインもxiāng (xiang1)でです。つまり、香(音読みは「こう、きょう」)と郷(音読みは「ごう、きょう」)は中国語では同じ発音です。ですからベトナム語に変換すると「香、郷」=hươngです。郷を使った熟語である「郷里」はベトナム語でquê hươngです。ベトナム語のquêにも「田舎、故郷」の意味がありますので「故郷」を「quê」だけで表現する場合もあります。ちなみに「あなたの故郷はどこですか?」はQuê bạn ở đâu?となります。各単語にそのまま日本語訳をつけると、次のようになります。
Quê bạn ở đâu?
故郷 あなた ある どこ
③ベトナム(Việt Nam)を漢字変換したら
Việt Namは漢越語です。漢字変換するとViệt=越、Nam=南になります。ご存知でしたか? Việt Namという国号については「大日本百科全書」に以下のような記述があります。
「10世紀に中国から独立したベトナムの歴代王朝は国名を漢字で大瞿越(だいくえつ)、大越(Đại Việt)などと称したが、中国人からは長い間、属領時代の旧称「安南」でよばれていた。しかし阮(げん)朝(グエン朝)の創始者阮福映(グエン・フク・アイン)は、内乱の続いた国内を統一したのち、清(しん)朝に封(ほう)を請い国号を南越に改めることを求めた。清の嘉慶(かけい)帝はこれを許さず、1804年に封冊をもたらして阮福映を越南国王に封じたため、阮朝は国号を字音でベトナムと読む越南に改めた。」
Việt Namという国名には「南」を意味する「Nam」が入っていますので、「南」に関連する言葉を連想します。すぐに思いつくのが東西南北です。ベトナム語でđông tây nam bắc (ドン タイ ナム バク)と言います。とう ざい なん ぼく ドン タイ ナム バク と連続的に発音してみてください。発音がとても似ていると思いませんか? ついでにもう一つ。春夏秋冬 ベトナム語ではxuân hạ thu đông(スァン ハ トゥ ドン)です。これも、しゅん か しゅう とう スァン ハ トゥ ドンと連続的に発音してみてください。似ていませんか? これらの単語を覚えるときにはひとまとめにして、一気に繰り返し繰り返し読むことが要です。声を出して繰り返し読めば、発音がきれいになるだけでなく、ベトナム人の日本語学習者の場合は自然に音読みでの発音を暗記することができます。つまり意識しなくとも自然にその言葉が出るようになります。それができたら、次の段階として訓読みを覚えるよう指導します。
ちなみに東と冬は音読みではともに「とう」ですから、ベトナム語に変換した場合、東も冬も「đông」になります。先程も述べましたが、漢字の音読みが同じなら、ベトナム語に変換しても同じになる場合が多いのです(ただし、声調記号の差異はあり得ます。例えば「よう」を表す漢字に「容」「用」がありますが、前者の場合はdung、後者の場合はdụngのように)。
①~③まではベトナム語が漢越語の場合に語彙を増やしていく方法についていくつかの例を挙げて説明しました。
ベトナム語が漢越語でない場合、どうやって覚えるか。いかに自分の頭に強烈にインプットするかです。そこでは語呂合わせが有効です。その例を1つ挙げてみます。
④語呂合わせで覚える
1から10までをベトナム語でどういうかご存知の方はあまりおられないと思います。ベトナム語では1=モッ、2=ハイ、3=バー、4=ボン、5=ナム、=6サウ、7=バイ、8=タム、9=チン、10=ム(ォ)イと言います。
私は、ベトナム語を勉強し始めた当初、なかなか覚えることができませんでした。そこで私は語呂合わせを考えました。どういう語呂合わせを作ろうかと、1~10までのベトナム語を何度も見ているうちにキーワードになる言葉を発見しました。それは3と4のバー、ボンです。続けると「バーボン」。皆さんもご存知だと思いますが、ウィスキーにバーボン ウィスキーというのがあります。これですぐに語呂合わせの言葉が浮かびました。
「もう(モッ)1,2杯(ハイ)、バー ボン ウィスキー(3,4)をナム サウ(5,6 飲むそう)だ。バイ(7 サヨナラのバイ)するタム(8 タイム)がチン(9)と鳴ったらもう行(ム(ォ)イ 10)く。」
(もう1,2杯、バーボンを飲むそうだ。バイするタイムがチンと鳴ったらもう行く)
この語呂合わせで1~10のベトナム語を容易に覚えることができました。そしてこの語呂合わせを何度も繰り返すことで、今度は語呂合わせを媒介することなしに1~10までのベトナム語を言えるようになりました。
私はこれまでベトナム語を覚えるために、たくさんの語呂合わせを作ってきました。語呂合わせを作る上で重要なことは、面白い表現にすることです。そのような語呂合わせができると長期記憶として貯蔵できます。そのためには自分が持っている語彙力、長期的記憶を最大限駆使して語呂合わせ考えることが必要です。いい語呂合わせができた時は、うれしくなりますよ。皆さんも挑戦してみてください。
前回に続いて今回も「日本語とベトナム語は似ている」というテーマで書きましたが、ベトナム語に親しみを感じていただけたでしょうか? ベトナム語の発音は難しいですが、それ以外はとても勉強しやすい言語です。皆さまにそのことを理解していただきたく、2回にわたりベトナム語の語彙に関して展開してきましたが、わかりにくい点など質問がございましたら、どしどし質問してください。
次回からはベトナム語の文法、会話表現なども取り上げ、日本語と対比しながら展開していきたいと思います。